流行に対して苦手意識や上手く受け入れられない感情を持つのはなぜなのか、、

僕は世の中で流行しているものに苦手意識や上手く受け入れられないような

感情をよく抱きます。

 

大嫌いだ!という感じではなく、

そのコンテンツに自分が触れた途端それ以上奥に踏み込んではいけないような、

楽しいもの・良いものとして受けとってはいけないような感じがするんです。

 

多くの人に受け入れられているものって例外はあると思いますが、

多くの人に受け入れられている以上、良いものである確率はかなり高いと思うんですよ。

なのに3歩も4歩も離れた位置にいなければいけないような気分になります。

 

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一般受けという括りが引っかかるのか?

 

どういうものにそう感じるのかというと、

至るところで流れているバンドの曲やSNSのサービス、漫画や小説などですかね。

例を出そうと思えばいくらでもあるような気がします。

 

たぶん、分かりやすく大多数に受け入れられているような、

いわゆる”一般受け”しているというものに感じるような気がします。

 

youtubeの広告で確かソニーのcmだったか米津玄師の”flamingo”という曲が

ちょっと前に流れまくってましたが、

その時もこの曲と距離を置かなければ、ちゃんと聴いてはいけないという

心の声が何回も聞えて、広告を飛ばせる秒数になるまで

イヤホンを外したり音量を0にしたりしてましたね。

 

初めにも言いましたが、僕は別に米津玄師のflamingoを嫌っているから

こういうことをしてるのではなく、

どちらかというと、このままちゃんと聴いたらめっちゃ好きになるような気がして

こういう行動をとっていました。うーん。

 

Orange Rangeめっちゃ聞いてた覚えがあるんだが、、

 

いつからこう思うように自分はなったんでしょうね。

小さい頃は流行りの音楽を聴いて普通に良い曲だな~って、

リピートしまくってた思い出があるんですが、、。

 

ここ数年なのか、

ハッキリといつからこう思うようになったのか思い出せないですね。

ただここ1年とかの話ではなく、

数年にわたって思い続けてるのは確かです。

 

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思われたい自分像に反するからかな

 

何が流行っているものに対して苦手意識や上手く受け入れられないような感情を

抱かせるんでしょうね。

流行りをバンバン受け入れた場合のデメリット、、

流行に踊られやすい人間だと思われる?そんなにデメリットなんだろうか??

 

漠然と考えるから分かりにくいんでしょうかね。

じゃあもし、僕がSEKAI NO OWARIの曲を聴くとするとして考えてみます。

”SEKAI NO OWARI”をipodに入れているのを他人に見られたら、

「へー、SEKAI NO OWARI好きなんだ」で終わるだけではないのか???

なんでこんなに曲を聴くことに抵抗感を覚えてしまうのか??

 

高尚な人間だと思われたいんでしょうか?流行りには一切振り向かず

マイナーな本当に出来の良いものにしか目を向けないような人間だと

思われたいんでしょうか。

なんかそんなような気がしますね。。。

 

別にそれが悪いことだとは思わないんですけど、

どんどん世界が狭くなっていくような気がしてなんか勿体ないですよね。

掘り出し物的なものに目を向けるのはもちろん良いと思うんですが。

いや、そこじゃないかな。

ようはコンテンツ1つ1つに向き合って、

自分なりに良い悪いを感じるなら良いんですが、

世間で流行してるということだけでシャットアウトしてるところが自分的には

何とも言えない気分になります。

自分のことながら、、。

 

経験することで案外簡単に変わるかも

 

手始めに米津玄師から聴いてみてまた考えてみようかな~。

色んなものを浴びるように触れれば、

今の自分の心を変えられるような気がするんですけどね。

 

 

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