【塚原直也の母】塚原千恵子の画像は?成績や旧姓も気になる!

アテネオリンピック(2004年)の男子体操団体で金メダルを取った塚原直也さんの母親である塚原千恵子強化本部長。

宮川紗江選手からのパワハラ問題に関する告発で、今かなりニュースメディアに取り上げられていますね。

 

そんな塚原千恵子強化本部長に注目したいと思います。

”【塚原直也の母】塚原千恵子の画像は?成績や旧姓も気になる!”をお送りします。

 

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塚原千恵子の画像は?

 

塚原千恵子強化本部長の画像がこちらです。

現在71歳という年齢の年相応な見た目をしてますね。

瞳に力がこもっていてかなり気が強そうに感じます。まあ、気が弱い人だとスポーツ団体の強化本部長という立場になれないか、、

「(東京五輪強化プロジェクトに参加しないと)オリンピックに出られなくなるわよ」と宮川紗江選手に対して圧力をかけたみたいですね。この気が強そうな人に呼び出されて言われたらメチャクチャ怖いですよね^^;

 

ちなみにこちらがちょっと若い時の画像です。

何年前のものなんでしょうかね。正直雰囲気はそこまで変わってないような気がしますね。

20歳くらいのときの画像があったらもっと劇的な変化を感じられたのかもしれませんね。まあそれは別に塚原千恵子強化本部長だけのものではなく、一般人の殆どの人がそうですが、、

塚原千恵子強化本部長が20代前半のときにメキシコシティーオリンピックに選手として出場しているから、どこかに画像はあるような気がするんですけどね。見つからなかったです、、

 

塚原千恵子が選手の頃の成績は?

 

塚原千恵子強化本部長が選手として活動していたころの成績をざっくり書くと、

・全日本学生体操競技選手権大会の個人総合で優勝(1967年)

・全日本選手権で5位(1967年)

・夏季ユニバーシアード女子団体で金メダル(1967年)

・メキシコシティーオリンピックの女子団体で4位、女子個人総合で19位(1968年)

・全日本体操競技選手権大会で優勝(1969年)

・全日本学生体操競技選手権大会で優勝(1969年)

・NHK杯体操選手権で優勝(1969年)

・世界体操競技選手権の団体で4位(1970年)

など、なんだそうですね。

 

塚原千恵子強化本部長の生年月日は1947年8月12日なので、全日本学生体操競技選手権大会の個人総合で優勝したときは20歳くらいの頃ですね。

次の年にはオリンピックに出場して団体で4位という成績を出してますね。めっちゃ凄いですね。

 

体操選手としてかなり強かったんですね~。こういうふうに成績を見るとかなり順風満帆な選手生活を送っていたんだなって感じますね。

1972年には現役を引退したそうです。その同じ年に塚原光男さんと結婚したので、選手として引退を決意させたのは結婚が大きかったのかなって感じがしますね。

 

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塚原千恵子の旧姓は?

 

塚原千恵子強化本部長の旧姓は、小田千恵子というみたいですね。

”小田”という苗字は茨城県にある常陸国筑波郡小田村がルーツで、低湿地の田(小さい田)が語源のようですね。小さい田から小田という苗字が生まれたってシンプルでなんか良いですね!

 

ただ塚原千恵子強化本部長の出身は長崎県なんだそうです。

まあ、小田っていう苗字は全国的によく見られますもんね。

 

まとめ

 

”【塚原直也の母】塚原千恵子の画像は?成績や旧姓も気になる!”をお送りしました。

塚原千恵子強化本部長を紹介してるメディアにたまに「女帝」という文字が入ってるんですが、その文字を見るたびに日本ボクシング連盟の内海祥子さんを思い出す自分がいます。

だから何だって感じですが、、(笑)

では!!

 

 

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